薪と釘

この土地に就農して以来ずっとお世話になってきた大先輩が、半世紀以上続けてきた牛飼いを引退します。

昨年末に、空いた牛舎を解体、、というか、内部の仕切りを壊して車庫として再生していて、廃材が沢山出ました。時代とともに、少しずつ増築と改造を重ねてきた牛舎です。僕も就農当時、堆肥を作りたくて右も左も分からない真冬に毎朝暗いうちからこの牛舎に通って「肥出し」(いわゆるウンコ掃除ですね)を手伝ったものです。それ以来、この先輩、というか親父とは数えきれない思い出を重ねてきました。農業のみならず人生哲学やら義理人情やら色んなことを教わりました。そんな僕にとっても思い出深い牛舎と大先輩にはほんとお世話になってきたのです。

そんな牛舎の廃材、親父が処分に困っていました。暖房と風呂で薪燃料を使っている私達は年の瀬に有難く頂きに上がりました。しかし廃材の山を見て愕然。釘だらけウンコだらけ~(笑)とりあえずトラックに山積みしたまま年越しして、年明けからせっせとくぎ抜きに励み、薄い材料は電気丸ノコで、太い柱はチェンソーで細断。ようやく本日薪小屋への収納が終わりました。

いやほんと年明け早々面倒な仕事だったけど、良かったこともありました。修繕や改築の度に何十年もかけて打ち込まれた膨大な量の釘を、一本ずつ抜きながら、親父が重ねてきた人生をなぞることが出来ました。部材によって使い分けられた木材。古びた丁番やかすがい。すり減って光る栗の土台。。。親父が雪の日も暑い夏も来る日も来る日も早朝から深夜まで通い続けた牛舎。ここで生まれそして旅立っていった牛達。それを思うと、たった数日の作業のなんと軽いことか!しかもこの材料のおかげで、春先くらいまで毎日暖かい風呂に浸かることができます。しかもこの暖かさは普通ではない特別なものです。

もちろん、日々の風呂焚き、家の暖房用のストーブ等、結構面倒なものです。これをオール電化にしたり、エコキュート入れたりすれば、それなりに楽で快適な暮らしができるのも分かっています。3人の子供たちも、うちは何で薪なんだ⁈もっと普通の暮らしがしたいと言います。でも私達は、まだしばらくの間、こういう面倒な暮らしを続けようと思っています。何せ木の里農園は山の中。燃やす木はいくらでもあります。それとやはり、木材を頂いたり伐らせてもらったり、そんなやり取りの中に、月並みだけど便利というだけで僕たちが切り捨ててきた人のつながりがあるから。。。

これは食べ物にも言えることで、日々の食卓が豊かになった反面、食べる人と作る人の距離は離れてしまいました。でもこれからの時代、人が暮らす、物を買う、その時に一番求められているのは、作り手の息遣いというか、距離感、みたいなものじゃないでしょうか?それが日々の暮らしを豊かにしてくれると思っています。私達は野菜の生産を通じて、そういう豊かさに寄与できる農園でありたい。生き方を人様に押し付けるつもりはありませんが、人と人のつながりが沢山ある社会で暮らしたいと思っています。こんな面倒くさい私達ですが、よろしくお願いします。

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